みかぐらうた「十二下り目」の意味と現代語訳|原文つきで詳しく解説
十二下り目では、世界たすけの普請を担う人々が集まり、親神様の思召に沿って動き出す姿が歌われます。
このページでは、みかぐらうた「十二下り目」の原文、現代語訳、意味と解釈を一つずつ確認できます。全文を通して読みたい方は、みかぐらうた全文と意味一覧もあわせてご覧ください。
- このページで解説する歌
- 十二下り目の全体の意味
- 十二下り目1つの原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目1つ」の現代語訳と意味
- 十二下り目2の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目2」の現代語訳と意味
- 十二下り目3の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目3」の現代語訳と意味
- 十二下り目4の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目4」の現代語訳と意味
- 十二下り目5の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目5」の現代語訳と意味
- 十二下り目6の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目6」の現代語訳と意味
- 十二下り目7の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目7」の現代語訳と意味
- 十二下り目8の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目8」の現代語訳と意味
- 十二下り目9の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目9」の現代語訳と意味
- 十二下り目10の原文と現代語訳
- みかぐらうた「十二下り目10」の現代語訳と意味
- 前後の下りも読む
このページで解説する歌
十二下り目の全体の意味
十二下り目では、世界たすけの普請を担う人々が集まり、親神様の思召に沿って動き出す姿が歌われます。
十二下り目1つの原文と現代語訳
原文
一ッ いちにだいくのうかゞひに
なにかのこともまかせおく
現代語訳
世界たすけという「心の普請」に着手するにあたり、まず第一に、大工(よふぼく・おさづけ人)たちが扇の伺いを立てて尋ねてくるならば。親神様はその真実の心を受け取り、工事の細かな事柄や具体的な進め方については、大工たちの心次第として一切を任せておくのです。
短い意味
「まず第一に、心の普請や世界たすけの御用にあたる大工(よふぼく)の伺いに対して、細かな事柄はすべて任せておく」という、神様の信頼と委任を教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目1つ」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第1首「一ッ いちにだいくのうかゞひに なにかのこともまかせおく」は、世界たすけの普請(ふしん)に取り組む「大工」に対して、親神様が厚い信頼を寄せ、細部を任せることを教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において「よふぼく」が担う役割の大きさを深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- いちに(一に):まず第一に、専ら、という意味です。物事を始める(建築に着手する)にあたっての最優先事項であることを示しています。
- だいく(大工):建物を建てる職人のことですが、ここでは「心のふしん」「世界の立て替え」に携わる「よふぼく(用木)」や「おさづけ人」を大工に例えておさとしくださっています。
- うかゞひに(伺いに):神意を尋ねる「扇の伺い」のことを指します。自分勝手な人間思案で行うのではなく、まずは親神様の思召しを伺う姿勢が重要です。
- まかせおく(任せおく):史実において、元治元年のつとめ場所建築の際、教祖が細部の設計を大工に任せられたように、親神様がよふぼくの真実の心を信頼し、具体的なおたすけの活動を委ねてくださることを意味します。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目1つ」を通して、私たちは親神様からの信頼と、おたすけに向かう自覚を学びます。
- 世界たすけという大事業(普請)において、よふぼく(大工)が重要な役割を担っているという自覚
- 自分の考えだけで動くのではなく、まずは親神様の神意を「伺う」という信仰姿勢の大切さ
- 真実の心で伺いを立てる者には、親神様が一切を任せてくださるという、深い信頼と温かい親心
十二下り目2の原文と現代語訳
原文
二ッ ふしぎなふしんをするならバ
うかゞひたてゝていひつけよ
現代語訳
世界たすけという不思議な普請(心の普請やつとめ場所の建築など)を進めるにあたっては、大工や棟梁が自分の人間思案や独断で勝手に工事の指示を出してはなりません。必ず一つひとつ親神様に伺いを立てて神意を尋ね、そのお指図通りにそれぞれの役割を言いつけるようにしなさい。
短い意味
「不思議な普請(世界たすけの心の普請)を進めるならば、自分勝手な判断で指示を出すのではなく、一つひとつ神意を伺ってから言いつけるようにしなさい」という、神意に添う信仰姿勢を教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目2」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第2首「二ッ ふしぎなふしんをするならバ うかゞひたてゝいひつけよ」は、世界たすけの普請(ふしん)を進めるにあたり、人間の勝手な判断ではなく、常に神意を伺ってから行動することの重要性を教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において「心の普請」をどのように進めていくべきかを深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- ふしぎなふしん(不思議な普請):単なる建物の建築ではなく、本教が目指す「心の普請」や「世界たすけの普請」を指します。人間の常識を超えた不思議なたすけが現れることから「不思議な普請」と呼ばれ、心の普請が進むとともに、形の上でもつとめ場所や教会建築が進められていくという教理を示しています。
- うかゞひたてゝ(伺い立てて):大工や棟梁(よふぼく・指導者)が自分の恣意や独断で物事を決めるのではなく、必ず親神様に神意を尋ねる(扇の伺いを立てる)ことです。
- いひつけよ(言いつけよ):伺いを立てて親神様から頂いたお指図(おさしづ)通りに、それぞれの大工に仕事を指示しなさい、という意味です。神一条の心で普請を実施することの大切さが込められています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目2」を通して、私たちは神一条の心で事にあたる信仰態度を学びます。
- 本教の普請は、単なる建築工事ではなく、人間一人ひとりの心を立て替える「心の普請(不思議な普請)」であるという気づき
- 指導的立場(棟梁)にある者ほど、人間思案を捨て、常に親神様の神意を伺う謙虚な姿勢が求められること
- 次のお歌(三ッ)で示される「世界からだんだんと集まる大工」たちをまとめ、一手一つに普請を進めるための根本的な心構えであること
十二下り目3の原文と現代語訳
原文
三ッ みなせかいからだん/\と
きたるだいくににほいかけ
現代語訳
世界中の人たちは皆、親神様の愛しい子供です。ですから、たすけ一条の不思議な普請が始まれば、親を慕って世界中から次から次へと、大工(よふぼく)となるべき人々が寄り集まってきます。そうして集まってきた大工たちに対して、親神様の教えの素晴らしさを伝え、たすけ一条の道を「匂いがけ」しなさい。
短い意味
「皆、世界中から次から次へと集まって来る、おたすけに携わる大工(よふぼく)たちに、たすけ一条の道の『匂いがけ』をしなさい」という、世界への教えの広まりと匂いがけを教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目3」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第3首「三ッ みなせかいからだん/\と きたるだいくににほいかけ」は、世界中から寄り集まってくる「大工(よふぼく)」に対して、教えを伝える「匂いがけ」の重要性を説いたお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において教えがどのように世界へ広がり、人が導かれていくのかを深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- みなせかいからだん/\と(皆世界から段々と):広い世界中の人間は皆等しく親神様の子供であるため、不思議な普請(心の普請)が始まれば、親を慕って次第に、次から次へと集まってくる様子を表しています。
- だいく(大工):建物を建てる職人のことですが、天理教の教理においては「心の普請」や「世界たすけ」に携わる「よふぼく」を指しています。
- にほいかけ(匂い掛け):信仰の喜びや教えの素晴らしさを周囲に伝えることです。美しい梅の花がよい香りを放つように、陽気ぐらしの道を進む者の優しい一言一行がおのずと「匂いがけ」となり、人々を親神様の教えへと導いていくという布教の姿勢を示しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目3」を通して、私たちは世界へ向けた匂いがけの大切さを学びます。
- 世界中の人間が親神様の子供であり、おのずと親を慕って集まってくるという教理
- 信仰は強制するものではなく、自らの行いを通して自然にその良さを伝える「匂いがけ」の姿勢が重要であること
- 次のお歌(四ッ)で示される、集まった大工の中から「よき棟梁」を見出し、おぢばへ引き寄せるという人材育成への繋がり
十二下り目4の原文と現代語訳
原文
四ッ よきとうりやうかあるならバ
はやくこもとへよせておけ
現代語訳
世界中から寄り集まってきた大工(よふぼく)たちの中に、神一条・道一筋の匂いをかぎ分け、親神様のお心に素直に寄り添うことのできる「よき棟梁(指導者となるべき人材)」がいるならば。一刻も早く、その者を本元の地であり心の故郷である「こもと(おぢば)」へと引き寄せて、御用にお使いいただけるよう手元に留め置きなさい。
短い意味
「世界中から集まってきた大工たちの中に、優れた『よき棟梁(指導者となる人材)』がいるならば、一刻も早く親神様のお膝元である『こもと(おぢば)』へ引き寄せておきなさい」というお歌です。
みかぐらうた「十二下り目4」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第4首「四ッ よきとうりやうかあるならバ はやくこもとへよせておけ」は、世界たすけの普請を進めるうえで不可欠な「よき棟梁」を見出し、おぢば(親里)へと引き寄せることを教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教における人材育成と、おぢばの重要性について深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- よきとうりやう(良き棟梁):建物を建てる際に大工たちをまとめ、指揮する「棟梁」のことですが、教理においては「心の普請」や世界たすけにおいて「よふぼく(用木)」たちを指導・育成する中核的な人材を指しています。親神様のお心に素直で、誠の心を持った度量の広い人を意味します。
- はやく(早く):もう大工も棟梁も集まらねばならない旬(時機)が来ているから、時機に遅れないように急ぎなさいという親神様のお急き込みが込められています。
- こもと(こ元):根本の所、本元の所。すなわち、本教の発祥の地であり、親神様が鎮まる「おぢば」のことです。すべての人間にとっての元の親里であり、心の故郷を指しています。
- よせておけ(寄せておけ):単に参拝させるだけでなく、おぢばに長く留め置き、道一筋の御用にお使いいただけるよう手元に引き寄せておく(定住させる、入り込ませる)ことを意味しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目4」を通して、私たちは世界たすけに向けた人材育成の重要性を学びます。
- 集まってきた人々(大工)の中から、指導者となるべき「よき棟梁」を見出すことの大切さ
- 優れた人材は、世界たすけの根本である「おぢば」に引き寄せ、親神様のお膝元で育て、御用にお使いいただくという教理
- 次のお歌(五ツ)で明かされる「棟梁が四人いる」という教えに向かって、適材適所の人材を集めるための具体的な指針であること
十二下り目5の原文と現代語訳
原文
五ツ いづれとうりやうよにんいる
はやくうかゞいたてゝみよ
現代語訳
ゆくゆくは、世界たすけの「心の普請」を進めていくために、一人の棟梁だけではなく四人の棟梁(指導者となる人材)が必要になります。人間は一人で万能を兼ねることはできないため、それぞれの特長を活かし、心を一つにして事にあたる必要があるのです。さあ、一刻も早く親神様に扇の伺いを立てて、どの大工を棟梁にすべきか、その神意を尋ねてみなさい。
短い意味
「ゆくゆくは、心の普請を進めるために一人の棟梁ではなく四人の棟梁が必要になります。早く伺いを立てて親神様のお指図を聞いてみなさい」という、適材適所の人材が協力し合うことの大切さを教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目5」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第5首「五ツ いづれとうりやうよにんいる はやくうかゞいたてゝみよ」は、世界たすけの普請(心の普請)には複数の指導者(棟梁)が協力し合う必要があることを示し、そのために神意を伺うよう促すお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において多様な人材が適材適所で協力して進めるおたすけのあり方を深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- いづれとうりやう(何れ棟梁):「いずれ」とは、ゆくゆくは、将来的には、という意味です。不思議な普請(世界たすけ)が進むにつれて、大工たちをまとめる棟梁(指導的立場の人材)が必要になることを示しています。
- よにんいる(四人要る):世界たすけという大事業には、一人で万能を兼ねることはできないため、四人の棟梁が必要になるということです。「四」は建築や構成の基礎となる数字とされ、異なる特長を持つ人々が互いに特長を生かし、衆心一致(一手一つ)で協力することの重要性を表しています。
- はやくうかゞいたてゝみよ(早く伺い立てて見よ):必要な人材をどのように適材適所に配置すべきか、人間の考えで決めるのではなく、急いで親神様に扇の伺いを立てて、その神意(お指図)を尋ねなさい、という意味です。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目5」を通して、私たちは一人ひとりの役割の尊さと、協力の精神を学びます。
- 一人の力で全てをこなすのではなく、異なる特長を持つ人材が協力して初めて立派な普請(世界たすけ)が完成するという教理
- 適材適所の人材を揃え、各々が責任を果たすための指針として、常に親神様の神意を伺う姿勢の大切さ
- 次のお歌(六ッ)以降で示される、自発的に集まる人々や、具体的な役割分担(小細工・建前・鉋)へと向かう重要なステップであること
十二下り目6の原文と現代語訳
原文
六ッ むりにこいとハいはんでな
いづれだん/\つきくるで
現代語訳
世界たすけの普請を進めるにあたり、大工(よふぼく)となるべき人々に対して、親神様は「無理に来い」と強制するようなことは決して言われません。なぜなら、親神様が身上(病気)や事情(悩み)を通して手引きをしてくださるので、いずれだんだんと、人々は自然にこのたすけ一条の道(信仰)を慕ってついて来るようになるからです。
短い意味
「無理にこの道へ来いと強制することはありません。いずれ時が来れば、皆だんだんと自然にこの道について来るようになるからです」という、親神様の温かいお導きを教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目6」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第6首「六ッ むりにこいとハいはんでな いづれだん/\つきくるで」は、信仰の道への歩みが強制されるものではなく、親神様のお導きによって自然と引き寄せられていくものであることを教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において親神様がいかにして人々を道へと導き、よふぼくとしてお育てくださるのかを深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- むりにこいとハいはんでな(無理に来いとは言わんでな):親神様の方から無理に「来い」「信仰せよ」と強制するようなことは言わない、という意味です。本教の信仰はあくまで自発的な心の治まりから始まるものであり、人から強制されて歩むものではないという教理が示されています。
- いづれだん/\つきくるで(何れ段々随き来るで):「いずれ」とは時が来れば、年限が経てば、という意味です。親神様は、いんねんのある可愛い子供たちをたすけたい一心で、身上(病気)や事情(悩み)という「おてびき」を通して気づきを与えてくださいます。そのため、無理強いをしなくても、人々はだんだんと自然にこの道について来るようになるのです。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目6」を通して、私たちは親神様の導きの不思議さと深い親心を学びます。
- 信仰は人に強制されるものではなく、自ら親神様の思いに気づき、自発的について行くものであること
- 身上や事情の苦しみは、親神様がよふぼくとなるべき人々をおぢばへ引き寄せるための温かい「おてびき」であるという気づき
- 次のお歌(七ッ)で示される、一度仕掛けた世界たすけの普請は「きりがない」という、果てしなく続くおたすけへの確信へと繋がること
十二下り目7の原文と現代語訳
原文
七ッ なにかめづらしこのふしん
しかけたことならきりハない
現代語訳
今までに誰も見たことも聞いたこともない、まことに珍しいたすけ一条の「この普請(心の普請と形の普請)」です。親神様が世界たすけのために一度着手されたからには、世界中のすべての人々が陽気ぐらしとなるまで、決して年限で区切ったり中途半端に終わらせたりすることなく、いついつまでも無際限に続いていく「切りなし普請」なのです。
短い意味
「今までに誰も見たこともない、まことに珍しい世界たすけの普請です。一度着手したからには、世界中の人々がたすかるまで、いついつまでも際限なく続く『切りなし普請』なのです」というお歌です。
みかぐらうた「十二下り目7」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第7首「七ッ なにかめづらしこのふしん しかけたことならきりハない」は、天理教が目指す陽気ぐらし世界建設の普請が、これまでになく珍しいものであり、そして永遠に続く「切りなし普請」であることを教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、世界たすけの壮大なスケールとその継続の重要性を深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- なにかめづらし(何か珍し):今までに見たことも聞いたこともないような、まことに不思議で珍しいという意味です。単なる建物の建築ではなく、人間の心を立て替える「心の普請」という前代未聞のたすけを指しています。
- このふしん(この普請):おぢばを中心に行われる「形の普請」と、人々の心を陽気ぐらしへと成長させる「心の普請」の両方を意味しています。
- しかけたことならきりハない(仕掛けた事なら切りは無い):一度世界たすけの普請に着手したからには、世界中の人々が残らずたすかるまで、決して年限で区切ったり中途半端に終わらせたりすることなく、いついつまでも無際限に続く「切りなし普請」であるという教理を示しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目7」を通して、私たちは世界たすけの道の果てしなさと尊さを学びます。
- 本教の目指す陽気ぐらし世界の実現は、永遠に続く「切りなし普請」であるという確信
- 形の普請を進めることで、同時に自らの「心の普請(心の成人)」が促されるという教え
- 次のお歌(八ッ)で示される、道なき山の中(未信の地)へと進み、新たな人材(荒木棟梁)を見出すという果てしないおたすけの展開への繋がり
十二下り目8の原文と現代語訳
原文
八ッ やまのなかへとゆくならバ
あらきとうりやうつれてゆけ
現代語訳
世界たすけの普請を進めるにあたり、いまだ教えが広まっていない、茨の茂る山の中(未信の地)へと布教に向かうならば。そうした道なき道を切り拓くためには、それにふさわしい適材適所の人材として、力強く一直線に勇往邁進する「荒木棟梁(開拓者となるべき人材)」を連れて行きなさい。
短い意味
「道なき山の中(未信の地)へと布教に行くならば、艱難辛苦を切り拓く力強い人材である『荒木棟梁』を連れて行きなさい」という、未開拓の地への布教と適材適所の人材配置を教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目8」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第8首「八ッ やまのなかへとゆくならバ あらきとうりやうつれてゆけ」は、未開拓の地へ教えを広めるための布教の姿勢と、適材適所の人材登用を教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において「心の普請」をどのように進めていくのか、そして「荒木棟梁」の役割がいかに重要であるかを深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- やまのなかへと(山の中へと):草木が生い茂り、まだ道がついていない場所のことです。教理的には、いまだ親神様の教えの匂いがかかっていない、未信の人々が住む社会(未開拓の地)を例えています。
- ゆくならバ(行くならば):世界たすけの普請のために、そうした未信の地へ用材(人材)を探しに行き、教えを伝えに行くならば、という意味です。
- あらきとうりやう(荒木棟梁・新木棟梁):大工の中でも、山に入って原木を選定し、伐採して荒ごなしの製材をする係の元締めのことです。お道においては、未開拓の地で艱難辛苦を切り拓き、一直線に勇往邁進して道を広める先駆者(開拓者)を指しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目8」を通して、私たちは未信の地への布教の覚悟と、人材の適材適所の重要性を学びます。
- たすけ一条の道(心の普請)を広めるためには、道なき道(山の中)へ分け入る勇気が必要であるという教え
- 厳しい環境には、それに適した力強く開拓精神にあふれる人材(荒木棟梁)を用いるという「適材適所」の教理
- 次のお歌(九ッ)で示される、小細工棟梁や建前棟梁など、各々の特長を生かした人材の役割分担へと繋がる重要な第一歩であること
十二下り目9の原文と現代語訳
原文
九ッ これハこざいくとうりやうや
たてまへとうりやうこれかんな
現代語訳
世界たすけの普請(心の普請)を進めるにあたっては、ここは細かい工作をする小細工棟梁に任せよう、ここは全体を組み立てる建前棟梁に任せよう、そしてここは美しく仕上げる鉋(かんな)の専門家に任せようというように、それぞれの特長を活かした適材適所の役割分担があるのです。
短い意味
「ここは細かい仕事をする小細工棟梁に、ここは全体を組み立てる建前棟梁に、ここは鉋(かんな)の専門家に任せよう」というように、適材適所の人材が協力して世界たすけを進めることを教えるお歌です。
みかぐらうた「十二下り目9」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の第9首「九ッ これハこざいくとうりやうや たてまへとうりやうこれかんな」は、世界たすけの「心の普請」において、さまざまな役割を持った人材が適材適所で活躍することを教えるお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において多様な「よふぼく」がどのように協力して道を広めていくのかを深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- こざいくとうりやう(小細工棟梁):木材の継ぎ手などの細かい工作や内部の仕上げをする大工のことです。お道においては、一人ひとりの心に細やかに教えを伝えたり、人と人とのつなぎ役に徹したりする人材を意味します。
- たてまへとうりやう(建前棟梁):加工された木材を組み立てて、建物の骨組みを立ち上げる大工のことです。お道においては、教えを一つのまとまった信仰形態へとまとめ上げ、全体を指揮して教会などを築き上げる人材を指します。
- これかんな(これ鉋):木材の表面を削って美しく仕上げる道具、またはその専門職のことです。お道においては、入信した人々の心に磨きをかけ、信仰をさらに美しく立派に育て上げる役割を担う人を意味します。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目9」を通して、私たちは各々の特性を活かした適材適所の働きについて学びます。
- 世界たすけの普請には、誰もが同じ役割をするのではなく、それぞれの持ち味を活かした「適材適所」の役割分担が必要であるという教理
- 小細工、建前、鉋といった異なる特長を持つ人々が、互いに特長を活かし協力し合うことで初めて立派な普請(世界たすけ)が完成するという気づき
- 次のお歌(十ド)で示される「大工の人数も揃い来た」という、たすけ一条の神業の着手に向けた喜びへとつながる重要な教えであること
十二下り目10の原文と現代語訳
原文
十ド このたびいちれつに
だいくのにんもそろひきた
現代語訳
とうとうこの度、親神様の思召しに応えて、世界たすけの普請(心の普請)を担う大工(よふぼく)たちが、世界中から一斉に寄り集まり、人数も心も一つに揃い来ました。さあ、いよいよ一手一つになって、世界たすけの普請に取りかかる時が来たのです。
短い意味
「とうとうこの度、世界たすけの心の普請を担う大工(よふぼく)たちが皆一列に揃って集まってきた。さあこれから世界たすけに取りかかろう」という、普請着手に向けた喜びを歌ったお歌です。
みかぐらうた「十二下り目10」の現代語訳と意味
みかぐらうた「十二下り目」の最後を締めくくる第10首「十ド このたびいちれつに だいくのにんもそろひきた」は、世界たすけの「心の普請」を担う大工(よふぼく)たちが揃い、いよいよ普請に着手する喜びと決意を歌ったお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた教理の意味や解釈を学ぶことで、天理教において「一手一つ」に心を合わせておたすけに向かうことの重要性を深く理解することができます。
重要キーワードの解釈
- このたびいちれつに(この度一列に):とうとうこの度、待ち望んでいた時旬が到来し、皆が一斉に、という意味です。教祖(おやさま)にとって大工の人衆が揃ってきている喜びであり、将来の世界たすけの時旬をも指しています。
- だいくのにんも(大工の人数も):世界たすけの普請を担う「よふぼく」たちのことです。前首までに説かれた「小細工」「建前」「鉋(かんな)」といった、それぞれの特長を持つ適材適所の人材がすべて集まったことを意味します。
- そろひきた(揃い来た):単に人数が集まっただけでなく、心も揃い、「一手一つ」に心を合わせる状態になったことを示しています。たすけ一条の神業を進める上で、この「心が揃う」ことが最も重要な要件です。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「十二下り目10」を通して、私たちは世界たすけの神業における「一手一つ」の重要性を学びます。
- 大工(よふぼく)の頭数が揃い、心が一つになることで初めて、陽気ぐらし世界建設の普請が本格的に始まるという教理
- 適材適所の人材が互いに特長を生かして協力し合う「一手一つ」の姿こそが、親神様の最も望まれる姿であること
- 十二下りの結びとして、永遠に続く「切りなし普請」に向かって常に若々しい気概で進む信仰の喜び

