皆さんは誰かの話を聞くとき、どんな心づかいをしていますか? 日々の生活の中で、私たちは多くの言葉を耳にしますが、その一つひとつにどう向き合っているでしょうか。
今回は、天理時報に掲載されたエッセイをご紹介します。相手の言葉をただ受け取るだけでなく、心から寄り添う「聴く」姿勢について、かつて身近にいた方の姿を通して考えてみましょう。
「きく」にもいろいろ。あなたの姿勢はどれですか?
ある講習会で、臨床心理士の方から「きく」には3つの種類があると教わりました。
- 訊く(質問や取り調べ)
- 聞く(自然と音や声が入ってくる)
- 聴く(相手にじっくり寄り添う)
日々、多くの方から相談を受ける立場にある筆者にとって、この言葉は大きな気づきとなりました。ただ情報として「聞く」のではなく、相手の心にまで思いを馳せて「聴く」ことができているだろうか――。そんな自問自答が、このエッセイの始まりです。
祖母が教えてくれた「聴く」という祈り
筆者は、子供の頃に見ていたおばあちゃんの姿を回想します。祖母のもとにはいつも相談に来る人が絶えませんでした。冬には火鉢を勧め、夏にはうちわで風を送り、時には黙って背中をさすってあげる。そんな祖母に、相談者はいつも笑顔になって帰っていったといいます。
そのときの祖母の笑顔には、話をたっぷり聴いたうえでの、祈りや応援の気持ちが含まれていたのだろうと、今になって気付きます。
ただ耳を傾けるだけでなく、相手の苦しみや悩みを丸ごと受け止め、心からの祈りを込める。そんな祖母の温かい姿こそが、信仰者として大切な「聴く」という行いだったのではないでしょうか。
心に寄り添うことが、誰かの支えになる
忙しい毎日の中で、相手の話をじっくり聴くことは簡単ではないかもしれません。しかし、誰かが自分の話を一生懸命に聴いてくれるだけで、心は救われることがあります。お道で大切にしている「誠の心」は、そんな日常の何気ない会話の中にも息づいています。
皆さんも今日、身近な人の話を「聴く」ことから、小さな「たすけ合い」を始めてみませんか?
より詳しい内容は、以下の元記事もぜひご覧ください。
元記事(聴くことの大切さ | 天理時報オンライン)はこちら

