ふと、「家に帰りたくないな」と思ったことはありませんか?日常の忙しさや人間関係の中で、誰しも一度はそんな風に感じることがあるかもしれません。
この記事では、ある女性が「家出」を考えたその日に直面した、祖母の最期という忘れられない出来事と、そこから見えてきた「家族との時間」の大切さについて綴ります。
「家出」の途中で知った、祖母の最期
10年前の初夏、買い物途中にふと「帰りたくない」という思いが頭をよぎった筆者。そんな時、届いたのは「祖母の意識が低下」という知らせでした。
病室で家族と共に過ごす中、祖母が歩んできた苦労の歴史や、信仰を大切に生き抜いた姿に触れました。祖母が最期に残した言葉は、今を生きる私たちへの大切なメッセージでした。
「人間、なんやかんや言うてもな、不足に思ったほうが負けやで」
残された時間をどう過ごすか
祖母の死から10年。筆者自身も親になり、子供たちの成長を見守る中で、自分も「おばあちゃん化」していると感じる今日この頃。ふと気づかされたのは、親と過ごせる時間や、家族で交わす言葉が永遠ではないということです。
「家出している暇なんて、もうない」。そう気づいたとき、日常の風景が少し違って見えるかもしれません。今度親に会ったときはゆっくり話を聞いてみよう。そんな前向きな決意が、日々の暮らしをより温かなものにしてくれます。
より詳しい筆者の想いや、祖母とのエピソードについては、ぜひ元記事(娘として、母として – わたしのクローバー | 天理時報オンライン)はこちらからご覧ください。

