皆さんは、ふとした瞬間に「あの時と、同じだ」と、過去の出来事が今の自分に重なるような感覚を覚えたことはありませんか? 今回ご紹介するのは、あるご家族が体験された、不思議な「身上(しんじょう:病気や災いなどの困難)」を通した心の向き合い方のお話です。
「不思議と思うな」というお言葉の重み
教祖(おやさま)の教えの中に、このようなおさしづがあります。
親小人同じ事情。不思議と思うなら、何にもこれまで聞きたる処、思やんすれば不思議と思うなよ。
(「おさしづ」明治22年10月22日)
このお言葉は、目の前の困難を単なる偶然や不思議な出来事として片付けるのではなく、そこに込められた深い理(ことわり)に思いを馳せる大切さを教えてくださっています。
繰り返される身上と、家族の絆
記事では、3歳のお子様が足の怪我から大きな病院へ入院することになった際、その両親が抱いたある記憶が紹介されています。実は、お父様にはかつて若くして出直し(亡くなること)をされたお兄様がいらっしゃいました。そのお兄様もまた、足の怪我がきっかけで難病を発症したという過去がありました。
我が子の容態に、当時の記憶と重なる不安を感じた両親。しかし、その不安と向き合い、ご守護を願い、家族で話し合っていく過程で、お子様は見事に回復されました。「こどもおぢばがえり」で笑顔を見せるお子様の姿には、世代を超えてつながる命の理と、信仰を通した家族の絆が感じられます。
日々の出来事を「心の学び」に
このお話は、私たちに「身上という出来事を、どう受け止めるか」という大切な問いを投げかけています。過去の経験を恐れるのではなく、そこから何を学び、今をどう生きるか。ご家族がどのように話し合い、信仰の道を進まれたのか、その過程には私たちが日常を大切に生きるためのヒントが隠されているようです。
ぜひ、元記事を読んで、ご家族の歩みに触れてみてください。
元記事(世代を超えて現れた身上 – おやのことば・おやのこころ | 天理時報オンライン)はこちら

