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「修理や肥」の時代に、私たちが忘れてはいけないこと|おやのこころを想う

毎日続く厳しい暑さに、体力を消耗してしまう日々が続きますね。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

最近、おさづけの取り次ぎやおつとめを通して、多くの方々の病状や手術の話を伺う機会が増えました。医療が驚くほど進歩している現代だからこそ、ふと思い出した『おふでさき』の言葉があります。

「修理や肥に医者薬を」――現代の医療と信仰

天理教の教えである『おふでさき』には、次のような一節があります。

この事をしらしたいからたん/\と
しゆりやこゑにいしやくすりを
(『おふでさき』九号11)

「修理や肥(しゅりやこえ)」とは、身体の不調を整えたり、栄養を補ったりすることを指します。現代において、医療の発展によりかつては助からなかった命が救えるようになったのは、紛れもなく親神様の智慧の働きによるものです。

私たちが長寿を全うし、元気に過ごせるようになったことは、社会全体が少しずつ陽気ぐらしの方向へ近づいている証(あかし)かもしれません。

医者や薬の先にある「心のたすかり」を見つめる

しかし、忘れてはならないことがあります。私たちが目指すのは、単なる身体の回復だけではありません。

病気という「身上(しんじょう)」は、親神様からのメッセージです。それは、私たちが「かしもの・かりもの(身体は親神様からの借り物である)」という理を改めて深く味わい、心を見つめ直すための大切な機会でもあります。

医者や薬による手当てが充実した今だからこそ、その外面的な治療だけでなく、自分の心はどうあるべきかを問い直すことが必要です。身近な方の身上を通じて、自分自身の心を見つめ直す――そんな「心づかい」を大切にしていきたいものです。

静かな思案のひとときを

暑い日々が続きますが、おつとめやお祈りの時間を大切にしながら、心穏やかな毎日を過ごせますように。

今回の教えをより深く味わいたい方は、ぜひ以下の元記事もご覧ください。
元記事(修理や肥に医者薬を – おやのことば・おやのこころ | 天理時報オンライン)はこちら

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