【動画紹介】天理教繁藤大教会 講話「こふきは続く」〜私たち一人ひとりが紡ぐ信仰の物語〜

天理教繁藤大教会による「一日祭講話(2026年7月1日)」の動画が公開されています。

今回の講話のテーマは、天理教の教えの根幹ともいえる「こふき(古記)」について。この世の元初まりの物語として知られる「こふき」ですが、本講話では単なる教理の解説にとどまらず、「なぜ親様は人間にこふきを作らせたのか?」という深い問いに迫ります。

信仰を持つ方はもちろん、人に何かを伝える立場にあるすべての方にとって、胸に響く「実感」の大切さを説く約20分の素晴らしいお話です。

講話の主な見どころ

1. 「こふき」はおたすけのための台本

大教会の活動方針である「ひろめ一条」。何を広めるのかを突き詰めると、この「こふき」に行き着くと語られます。 「こふき」は単なる昔話や知識ではなく、目の前で苦しんでいる人を助けるための「たすけ一条の理のお話」です。二代真柱様が「取次人の心得台本」と表現されたように、教えを取り次ぐ者にとっての心の土台となるものです。

2. なぜ親様は「これで良い」と受け取られなかったのか?

親様は、おそばの優秀な弟子たちに「こふきを作れ」「書いて出せ」と命じられました。しかし、弟子たちが書き上げたものを提出しても、一度も「これで良い」とご受納にならなかったという事実が残されています。 神様ご自身が筆を執った「おふでさき」とは違い、あえて人間に作らせたのには理由があります。そこには、「完璧な台本など最初から存在しない」という親様の深い親心と、人間に対する「余白」が残されていたのです。

3. 現代に求められる一番のキーワードは「実感」

講話の中で、非常に分かりやすい例えとして「現代のAIと教育」のお話が登場します。AIにレポートを作らせれば綺麗で完璧なものが一瞬でできますが、そこには本人の苦労や「なるほど」という実感がありません。 信仰の世界も同じです。先人の言葉や教案を一言一句違わずに綺麗に読み上げても、相手の胸には届きません。 教えを聞き、自分で味わい、身に受けて血肉(自分の言葉)となって初めて、本物の言葉として相手に伝わるのです。

4. 私たちも「こふき」を作る途上にある

親様が弟子たちに「こふきを作れ」と仰せられたその言葉は、昔の先生方だけではなく、現代を生きる私たち用木(ようぼく)にも向けられています。 教えの根本(泥海古記など)をしっかりと伝えた上で、自分自身が信仰を通して実感したご守護や助かりの体験を語り継いでいく。その一人ひとりの体験こそが新たな「こふき」となり、末代に続く助け一条の話の台となっていくのです。

こんな方におすすめです

  • 「こふき」の教えをより深く、自分ごととして捉えたい方
  • 人に教えや思いを伝えること(おたすけ・にをいがけ)に難しさを感じている方
  • 信仰における「実感」とは何かを見つめ直したい方

「こふきは完成された過去の物語ではなく、今も私たちが作り続けているもの」 そんな前向きで温かいメッセージを受け取ることができる講話です。次回以降はさらに「こふき」の具体的な内容にも踏み込んでいくとのことですので、ぜひ今回の動画をじっくりとご視聴いただき、ご自身の「実感」を味わってみてください。

▼ 動画の視聴はこちらから こふきは続く(一日祭講話 2026.7.1) 〜天理教繁藤大教会〜