日常に「喜び」をプラスするヒント、見つけました
毎日忙しく過ごしていると、つい自分のことで精一杯になってしまうことはありませんか?そんな時に、ふと立ち止まって「誰かのために動くこと」で、逆に自分の心が満たされた……そんな経験ができるのが「ひのきしん(日々の神様への恩返しとしての奉仕活動)」の素晴らしいところです。
今回は、教祖140年祭の活動をきっかけに、近所の公衆トイレ清掃を始めた方の素敵なエピソードをご紹介します。読み終わる頃には、あなたも身近な場所で、小さな「ありがとう」を探したくなるはずです。
3行でわかる!今回のポイント
- ひのきしんのきっかけは、自分自身の「身上(心身の不調や悩み)」が守られたことへの感謝から。
- 掃除をしていると、体を動かす爽快感や、誰かに喜ばれる温かい感情が湧いてくる。
- 「自分は多くの人の真実に支えられている」という気づきが、明日への活力に変わる。
「きれいにする」ことが、自分を癒やす時間になる
この方は、教会長さんや教友の皆さんに「おさづけ(病気平癒を祈るための取次)」を取り次いでもらった経験から、いま生かされていることのありがたさを深く実感されたそうです。病院での出会いや周囲の励ましも重なり、「自分も何かお返しがしたい」という自然な心が、公衆トイレの清掃という行動につながりました。
教祖140年祭活動中に始めた近所の公衆トイレの清掃ひのきしんを、いまも続けています。体を動かすことができる、汚れがきれいになる、そして誰かに喜んでもらうなど、たくさんの喜びがあり、日々うれしさを感じています。
最初は「奉仕しなきゃ」という思いだったかもしれませんが、今では掃除そのものが日常の楽しみに。外国からの方にも片言の英語で「ウェルカム!」と声をかけるなど、清掃を通じてコミュニケーションも楽しんでいる様子が伝わってきます。
「生かされていること」に気づく、小さな一歩
私たちがこうして元気に過ごせているのは、名前も知らない誰かの真実や、目に見えない守護のおかげ。ひのきしんは、その感謝を目に見える形で表現する大切な行為です。大きなことをしようと気負う必要はありません。「少しでも気持ちよく使ってもらえたら」――そんな純粋な心遣いが、自分自身を一番元気づけてくれるのかもしれませんね。
皆さんも、まずは家の近くのゴミを拾う、玄関を掃くなど、小さなことから始めてみませんか?
今回のエピソードの詳しい内容や、全文は、ぜひ公式サイトをご確認ください。
元記事(ご守護の喜びでひのきしん続け – 読者のひろば | 天理時報オンライン)はこちら


