明治二十四年五月五日
本席身上御障りに付願

さあ/\身の処にて思い掛け無い身の障り、どういうものとこういうものと思う。十分の理を聞いて治まって居る中に、さあ/\どんならん事情がある。どういう事情なら、まあ皆んな寄り来る中、尽す中互い/\は、表一つの理、中に一つ、又中に一つどうもならん。どれだけの一騎当千でも、聞いて置かねばならん。経ってから何であったなあ、と言うようではどうもならん。心という理は、包んである理も、表に出る理もある。一時腹の中、とんと分からん。そこで身の障り、腹が切ない。談示取り直し、どんな理も心に持たず、神一条の道をよう聞き分け。これまで通り来たる道、何程難しい道でも通り来た。何でも彼でも通らにゃならん、通さにゃならん。危なき事情でも、遂には理に治まる。成程の理を説きて、治まって来た。どれ程打ったとて斬ったとて、何にもならん。そんな事くらいで押されるような事ではこの道は立たん。何でも無い事、だん/\日柄も来て、刻限事情を以て諭さにゃならん事もある。刻限一つの理を聞き分け。あら/\聞き分けん事に始められん。一寸聞いて置けば、めん/\事情の理によって、心に掛けて居るやろ。何でも無き理が分かり難ない。治めて居るも心の理に思う。何でも無い理が堅い、堅いと思う理は柔らかい。さあ出掛ける。何度々々、何程のもの、神の理と心の理ところっと相違する。身上にどれだけの事情あれども案じる事は無い。内々理が二つになってある。治まらんと言えば案じる。これまで真実深きいんねんを以て寄り来る処、日日運ぶ処、十分受け取りてある。互い/\の心をしいかり結んでくれるよう。

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